書評・府川充男著『組版原論 タイポグラフィと活字・写植・DTP』
(注1)

連載・文字組版のプロとは何かを考える(第4回)


1996年7月

前 田 年 昭
東京DTP協組第7支部 ライン・ラボ

北海道写真植字協同組合『moga』No.15(1996年7月1日)掲載

第1章 ナニワ写植道

第1節 ナニワのおぢさん驚く

 いやぁごっつう凄い本や,『組版原論』いう本。ドタマがぁ~んと衝撃で,目からウロコの連続やった。
 ぇえ~? まだ読んでないのんかいな。早う買うといで。本屋で立ち読みして電流が体を走り抜け,思わずレジの前まで走ったんやけど,ちょっと間レジの前で逡巡したんや,ほんまは。5800円もしたからな。けど確実にモト取れる本や,買うてよかったて断言できるわ。
 著者は最初『組版三昧』いう書名で出そうとしたとか。そりゃそのほうが似合うてるいうことだけは断言できる。組版オタクの極地がここにある。しかし,『組版原論』いう名前にして売り出した出版社もえらい。ようこんな本が世に出たことよ。

第2節 おぢさん意気軒昂

 ま,一番ショックやったんは,この本の組版そのものや。マックでここまで組む奴おるか,いうわけや。いや,こんなん仕事で自分とこ来たらかなわんけどな。クォーク使うて「各行単ボックスを原則としつつ……」(端書)て書いてあったけど,尋常の沙汰やないで。
 雑なパラパラ組みか,その裏返しの本文までとことんツメツメ組みいう品位のないマック組版見せられても,営業的に少々ビビることはあったけど,どうっちゅうことはなかった。質がちゃう,こんな奴らに日本語組版できるかい,マックもウィンドウズもまだまだ“ひよこ”や,10年早いわ,いうて馬鹿にしてきたわけや。けど,とにかくこの本の組版みたら,道具のちがいで威張っててもあかんいうこと痛感させられる。分からんもんが組んだら何使うてもあかんし,ちゃんとしたもんが組んだら何使うてもそこそこのもんがでけるいうこっちゃ。

第3節 ますます意気上がる

 次に感動したんは,タイポグラフィは【すぐれて実践的な技芸である】(オビ),出来合いの文字と出来合いの組版システム,出来合いの組版規則の【組み合わせのなかにのみ存在する】(213ページ)いうとこや。私ら写植でメシ食うてきたもんは,文字の何たるかも知らんデザイナーに無茶言われて苛められてきたからな。ストレスだいぶ貯まってるさかいな。名簿組む仕事で外字Aも外字Bもない書体をわざわざ指定してくる若いデザイナーを肚のなかでは“くそったれが”思ても,写植屋やから,いわれたとおりに組まな,おカネもらわれへんもんな,まぁ仲間にぼやいてもしゃあないけど。デザイナーがなんぼのもんや。写植,とくに手動機の職人技のなかには連綿と連なる伝統に裏付けられた技術や工芸の蓄積があるんや。励みになるでぇ社長! ついでに言うとくと後半の組版サンプル例に【莫迦な編輯者や無智なデザイナーと仕事をするくらいなら昼寝をしていた方がよい】いうのんが何べんも出てきて笑てしもたわ。ハハハ,いっぺん言うてみたかった……。

第4節 オロナミンCより効く

 そうそう,その莫迦な編集者や無智なデザイナーの「一律一歯詰め」のことやけど,これも府川さんは血祭りにあげてて【何より各書体はベタ組みで用いられることを前提に設計されている。……手動写植機による組版というものは,いじればいじるほどオペレーターの動作が増える仕組みとなっているのである。何も識らないものだから,通常の明朝やゴシックの組版の場合にパブロフの犬の如く「一律一歯詰め」と指定しただけで何やら“プロのデザイナー固有のテクニック”を施してみせたかに思い込むという低劣極まりない無智さ加減よ!】(354ページ)という塩梅。もう痛快痛快,拍手喝采や。いけいけどんどん。景気悪いからいうて陰気な話しかせえへんかったら,よけいに滅入るがな。ここまで元気な話聞いたら,どや,社長も一冊買うて読まなあかんいう気ぃになるやろ。

第5節 組合も頑張らなあかん

 何せ,最近の写植組合も元気ないもんなぁ,淋しいかぎりやないか。この1年やったこというたら「写植組合」いう看板古うなったから「DTP組合」に名前変えよかいう検討と,秋葉〔秋葉原のこと〕より高うて人気のないMOの共同購入だけやもんな。そりゃ魅力ないでぇ,正直いうて。事務局でおカネの問題で不祥事起きたり,毎月毎月脱退するもんが増えるのも無理ないわな。えっ,何でおるんかてか? “落ち目”やから先に逃げ出すいうのんが俺の性に合わんだけのこっちゃ。前にええ技術もったプログラマとつきおうてたんやけど「写植屋といっしょに淘汰されてしまうのはいやや」ぬかしやがって,「あほ,そんなら俺は一緒に淘汰されたる」いうて言い返して,それ以来つきあい切れてしもたけど,今も同じ気持ちやさかいな。
第2章 著者にきく
(注2)
――府川さん自身はどのようなお仕事をされているのですか?
「エディトリアルデザイン,および活版史の研究です。写植指定の時,電算写植はあまり使えず,手動機で打ってもらってます。肝心なことは,指定者はハードとソフトに精通すべきだということだと思います。タイポグラフィは歴史を背負ったものであり固有の技術性をもたないともいえるのです」
――タイポグラフィの定義は何でしょうか?
「すでにあるもの,文字と組版システム,組版規則をいかに組み合わせるかであり,一般にいわれるように画像,見出し中心の考え方はおかしい。本文組みを中心にすえた組版のことであり,すぐれて実践的な技芸だと思います」
――タイポグラファーの必要な心構えは何でしょうか?
「組版に携わる者は言葉の体系に厳しい意識を持ってなければいけません。テンを全角取りしておきながらマルを半角取りにしたり,テン・マルよりばかでかい書体従属の中点をそのまま使うなどというのは日本語の論理がわかっていない証左です。また写研の手動機のメインプレート,三級,四級,正字,汎用外字,記号,ルビ,欧文,罫線などの文字盤の基本構成と書体との関係,78JISと83JISとの間にある字体の異同などは,最低限不可欠の知識です」
――インターネットの文明史的意義はどこにあるのでしょうか?
「印刷の開始と標準語の確立こそは民族文化とナショナリズムの前提であり,それは視覚中心文化への転換だったわけです。現在進行しつつある第三次情報革命は,これに対してインターネットにみるように文字と音声と画像が一体となったマルチメディアですから,視覚プラス聴覚への転換という文明史的な転換期にたっているのだととらえています」

第3章 『組版原論』を読もう  かくのごとく『組版原論』は味の素,いや元気の素である。(注3)
 なぜか。結論を先取りしていえば『組版原論』は実践の書であり,戦闘の書であるからだ。私はそう思う。
 組版理論はこうあるべし,組版ルールはかくあるべし,という天から降ってきた「理論」を私は信じない。理論とは実践のまとめであり,実践の伴わない理論など何の値打ちもないのである。なぜ行頭の字下げがしてないか,なぜ編集でなく編輯と表記するのか,揚げ足を取ろうにもそのひとつひとつの実践は原論と一体になって読者に立ち向かってくる。読者の側も全身全霊を賭けて立ち向かわなければならない。読み通すのは,正直言って体力を要する本である。しかし読み終えたとき,組版の歴史を知り己を知った喜びもまた格別であった。
 蛇足ながら,かくのごとく歴史的な事実に裏付けられた本書に十数箇所の誤植があり,とくに221ページの誤植は正字と拡張新字体とを対照しているところなので意味が通らなくなってしまった。また315ページでは基本的な事実認識の誤りがある。「冑01」が写研では「冑02」と別字としては存在していないと書いてあるがウソである。補充文字盤のNo2-5-9,電算では外字Aに存在している。
 まことに残念なミスではあるが,これらは本書に圧倒されっぱなしの私の揚げ足取りにすぎず,いささかも本書の意義を損なうものでは断じてない。

組版原論
府川充男著撰
『組版原論』
B5変形・399頁・本体5631円
太田出版
4-87233-272-5
注1発行=太田出版,定価5800円,1996年4月15日発行,ISBN4-87233-272-5 〈戻る〉
注2このインタビューは架空のものである。しかしキッチュこと松尾貴史さんの形態模写のように,思想的にはこうであろう,さもありなん,というものとして勝手に私が書いた。了解されたし。 〈戻る〉
注3残念なことにあまり書店には置かれていない。東京写植(DTP)協組第7支部ライン・ラボで扱っている。問い合わせ・申し込みは電話03-5229-8041前田まで。組合員特価5200円 〈戻る〉
(おわり)


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